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人間観察日記

【人間観察日記・17】怒りのドミノを愉快に止める方法

投稿日:

だって楽しまなくちゃ損だから。

 

 

Vol. 17 怒りのドミノを愉快に止める方法

日曜日。穏やかに晴れた昼下がりのカフェバー。

私はカウンター席に座って、気の進まない仕事に向き合いつつ、ぼんやりコーヒーを飲んでいた。この店に来るときは、だいたい気の進まない仕事があるときだ。

店内を見回すと、遅めの昼食を楽しむ家族連れや、おしゃべりに花を咲かせるマダムたち、読書や勉強に集中する1人客など、各自が思い思いに過ごしている。休日らしい、平和な空気が漂う。

 

そんな穏やかな空気を読んでか読まずか、私から数メートル離れたテーブル席に、ひときわ声の大きい集団が1組いた。

40代ぐらいの男女が2名ずつ、対面で座っている。なんというか、「合コンの延長」のような雰囲気がすごい。

話の中身も、共通の知り合いの話や仕事の話など、親しげな感じというよりはむしろ、これから親しくなろうという会話のように感じた。

 

とにかく、平和なカフェバーで、彼らのうるささが際立っている。特に、盛り上げようと張り切っているのか、1人の男性の声が大きい。それにつられて残りの3人も大きな声で笑う。

完全に居酒屋のテンションだ。美しくない、と思った。

ここは閑静な住宅街のカフェバーで、時刻はまだ14時。耳の遠いお年寄りならやむを得ないだろうが、さすがにまだそういうお年頃ではあるまい。やる気がないとはいえ一応仕事をしている身としては、はっきり言って気に障る。

 

「うるせぇなあ…」

 

隣の席から低めの声が聞こえてきて、どきりとした。

声の主は女子学生である。テーブルの上にはタブレットにキーボード、そして医学書らしき専門書。試験勉強だろうか。イラっとした顔をしながら、彼女はテキストとタブレットを閉じ、目も閉じた。

カフェは図書館ではないし、勉強や仕事のための場所でないのは承知している。それでも、「うるせぇなあ…」とつぶやく彼女に同情せざるを得ない。だってそういうレベルの声だもの。

 

ばんっ。

 

再度どきりとして隣を見た。彼女が突然キーボードを叩きつけるように置いた音だった。あーあ、完全にキレている。

しかし、合コンチームの席は、この音が自分たちに向けられていると気づけるほど近くない。まあ、気づかれない距離だからこそ、彼女も安心してキレられるということだろう。

 

キレた彼女の隣には、ビールを飲みながらPCを叩く男性がいる。

俳優の古田新太を10歳老けさせたような風貌の彼は、私たちの座るカウンター席の中では合コンチームに最も近い席にいる。一番うるさいのは彼だろう。

しかし彼は、少なくとも今のところはビールとPCにしか興味がないように見える。ちなみに彼は、さっき2杯目の大ジョッキを買って戻ってきたところである。

 

黄金色の液体がなみなみと注がれたジョッキを見て、ふと思った。

ここで、この10年後の古田新太が、酔った勢いで「うるせぇぞ!」とか叫んだら…どうなるんだろうか。

 

 

がたんっ。

 

10年後の古田新太が、椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がる。

そして、4人に向かって思いっきりビールをぶちまけながら「おいてめぇら、うるせぇぞ!」と怒鳴る。

ビールを浴びた4人はさすがにぴしゃりと黙り、唖然とした表情で彼のほうを見た。

 

私の隣の女子大生が「びくっ」と動いたのが見えた。さすがに怒鳴り声を聞いて少し怖くなったのか…と思いきや、彼女はここぞとばかりに立ち上がり、10年後の古田新太を盾にして叫んだ。

「そうだよ!さっきからてめーらうっせーんだよ!いい大人が何でかい声でしゃべってんだよ!」

 

若い女子に言われてしまっては、さすがに4人組も、というか4人組の中の男性陣が黙ってはいない。大声の主だった男性がガタッと立ち上がる。

「あ?そんなにでかい声でしゃべってねーだろ?だいたい、ここは仕事場じゃねーんだよ。さっさと片付けて帰れよ!」

男性は二人を指さして怒鳴った。一緒にいたもう一人の男性も睨むような目をしている。4人組の隣のテーブル席に座っていた年配の夫婦が、別の席に避難していくのが見えた。

 

いや、あなた十分うるさかったよ…と私は心の中で思ったが、いずれにしてもビールを浴びて濡れた姿ではいまひとつ説得力がなくて、滑稽に見えてしまう。何がどうなるのか、怖さとワクワク感が入り混じって面白くなってきてしまった。

さすがに女性陣2人はおろおろと困った表情をしながら、「ねえ、やめて」と仲間の男性たちを静かに止めに入る。

「大丈夫だから黙ってろ」と、大声の主は女性陣のほうを見ないで穏やかに答えた。俳優さんだったら少しカッコよかったかもしれない、と思った。

 

しかし、女性たちに止められてかえって火がついてしまったのか、カッコいいところを見せなくてはと思ってしまったのか。

大声の主は、10年後の古田新太の胸ぐらにつかみかかった。そして横から、4人組のもう一人の男性が、手元にあったトマトパスタの皿をつかみ、10年後の古田新太の顔面にぶちまけた。

麺とソースで顔面が真っ赤に塗られた。着ていたワイシャツにもしみがはねた。そしておそらく、このパスタはまだ熱かった。

 

「この野郎…!!」

 

10年後の古田新太が、パスタの熱をそのままもらったかのように、店じゅうに響き渡るような大声を上げてブチ切れた。

顔に貼りついたパスタを片方の手で振り払いながら、もう片方の手で大声の主につかみかかる。相手にも麺と赤いしぶきが跳ねる。残酷にも滑稽にも見える奇妙な光景が目の前に広がった。

 

そういえば、さっきまでさんざん悪態をついて怒鳴りまでした女子大生がいない。荷物もきれいに片付いている。

文句を一言ぶちまけたらすっきりしてしまったのか、それともやっぱり怖くなってしまったのか。なんという逃げ足の早さだろうか。これぐらいちゃっかり生きたいものである。

 

騒ぎを聞きつけたのか、店員の若い男性が、「お客様、おやめいただけますか」と割って入った。顔色も声色も完全にビビっている。大丈夫なのか。本当に止められるのか。どう見てもあなたが一番細身で弱そうだけども。

窓の外にふと目を向けると、街ゆく人たちが何事かと店のほうを覗き込んでいる。ガラスに張り付く野次馬の群れ。好奇心に満ちたたくさんの目がこちらを見ている。

 

 

…などということが現実で起きるのは、深夜の安い居酒屋か柄の悪い繁華街ぐらいなのかもしれないけど。

 

怒りはドミノ倒しのごとく。

誰かの苛立ちは、別の苛立ちや緊張を生む。誰も幸せにならない連鎖が、ちょっとの勢いから始まってどんどん燃え移ってしまう。

 

でも、外れたところに置かれたドミノのピースは、倒されることがない。

少し離れたところからぼんやりと眺めて、ひとり妄想劇場を繰り広げている限り、私はそんな外れたピースになれる。妄想を使った楽しいひとり野次馬、である。

 

幸せな時間は私のものだもの。奪われてたまるものか。

 

 

他人にいちいちイラついてるほど人生は暇じゃない。

過去にWebで書いていたものを編集し直してまとめました↓

 

 

-人間観察日記

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