先日のインタビュー予告記事、FacebookやTwitterで「楽しみにしています」という声をたくさん頂きました。おかげさまでみなさまの期待値が高くて、大変アップしづらい状況に陥っております(爆)。どうかお手柔らかに…。
「生き方事典」という言葉に反応してくださった方がちらほらいらしたので、ひとまずそれをこの企画のタイトルにしようかと思います(今後変更の可能性あり)。
さて。
「生き方事典」お1人目は、書家/書道講師の目時白珠さん。
書道で起業されるまでの(驚きの)経緯や、仕事にしてからの苦労、将来の夢や価値観まで、かなり率直に本音で語っていただけたのではないかと思います。
目時 白珠(めとき はくじゅ)
書家/書道講師
公益財団法人 日本書道教育学会 師範
一般社団法人 日本デザイン書道作家協会 会員
1976年生まれ。岩手県二戸市出身。5歳より書道を始める。 17年間、アニメ・ゲーム業界の仕事に従事した後、書の魅力や字を書く楽しさを多くの人々に伝えたいという思いから独立し、2016年から、東京・恵比寿で書道教室・筆文字制作「書工房しら珠」を主宰。
古典に立脚しつつも、細かな喜怒哀楽や五感を呼び覚ますようなデザイン性の高い作品が特徴で、2015年・2017年には、東京都内で個展を開催。
外部の書道サロンや各種講座、民間学童施設、異業種とのコラボワークショップ等の指導実績があり、筆文字ロゴ制作やテレビドラマの美術協力も行うなど、その活動は多岐に渡る。
「喜び・驚き・癒し~書道でココロの冒険を~」をモットーに、レッスンでの指導・作品制作の両面を通じて、心の充実感・満足感を得られる場作りを精力的に行っている。
目時さんとは3年ほどのお付き合い。目時さんが書道の学校に通学中で、起業準備中だった頃に知り合いました。
私自身も創作をする身ですし、自分の名前で仕事をしていく中でのさまざまな葛藤を理解できるので、今回のインタビューは、もはや自分の話を聞いているかのようで(笑)。そして、私自身が大いに救われることにもなりました。
今回の記事は、「自分の好きなことや得意なことを仕事にしたい」と思いつつ決断できていない方、書道はもちろんアートや創作の分野で食べていきたいと思っている方に、特にオススメします。
たった1週間で、書道で食べていくと決めた
―書道を仕事にしようと思ったのはなぜですか?
もともと書道は高校を卒業するまでやっていて、10年弱ぐらいブランクがあったんですけど、また趣味として始めていたんですね。30代後半ぐらいからかな、独立する数年前から、老後の楽しみとして自分のスキルを使って何かできればいいなあ…みたいなことは、ぼんやりと思っていました。
でも、その頃は会社を辞める気もなかったですし、「絶対これを仕事にします!」「夢です!」という感じではぜんぜんなくて。
でも当たり前ですけど、会社にいると「○○会社の○○さん」じゃないですか。その肩書きがない、ただの「目時さん」になったときに、やれる仕事って何もないんじゃないか?と急に思った時期があって。会社でいろんな荷が重くなってきて「しんどいなぁ…」と思っていたのもあるんですが、そんなときに身近にあったのが書道だったんです。
で、実はそれから1週間ぐらいで決断しているんですけど(笑)。
―何があったんですか?その1週間で(笑)。
いや、別に決定的なことがあったわけじゃないんです。でもやっぱり「もう仕事しんどい」「逃げたい」というのはありました。あと、書道に対する想いもむくむく増えてきていた。それで、「じゃあ仕事として書道をやるなら、どうしたらいいのか?」という課題を、わーっと数日の間に整理して。
そうしたら、今会社を辞めて1年間がっつり勉強すれば、2年目には書道の仕事を始められることがわかったんです。「じゃあやろう!」って、ぱぱぱんっと1週間ぐらいで決めちゃった(笑)。
―すごい(笑)!
こわい(笑)!
―それは、それだけ仕事がつらかったから?
はい、そんな感じでした。
ずっと同じ業界にいて、それなりにキャリアがあったから、どんな仕事も年数を重ねれば慣れていくものだと思っていたんですよ。でも、中間管理職になったとき、「これは続けたところで慣れるものではないぞ」と思ったんです。今までの仕事で使っていた筋肉とぜんぜん違う感じで。
今思うと、部下の人生のことまで考えたりして、自分で勝手に荷物を重くしていただけなんですけど。よく自分軸とか他人軸とか言いますけど、いろんなことを他人軸に預けすぎてしまって、自分がカラッカラになっていたんだと思います。
働きながら書道の勉強をすることもできたんでしょうけど、そういうのも嫌になっちゃって(笑)。退路を断つという意味もあったんですが、まったく違うことをやって、思いっきり自分に栄養を入れなきゃいかん!と思ったので、東京にいることもやめて。
―伊豆に引っ越して、専門学校に1年間通ったんですよね。
書道のお免状を持っていなかったので、学校法人の専門学校に行って取得しました。
―その専門学校っていうのも、その1週間の間に…
はい、その1週間で調べたら出てきました。それで会社を辞めて、周りの人がぽかーんとするっていう(笑)。
※教室の隅には、たくさんの筆とお手本、書道字典など。
―(笑)。でもお話を伺っていると、大きな志やビジョンがあって起業したという感じではないですよね。
そうですね。仕事が大変なときに、字を書くことでスパッと気分が変わるという体験をしていたので、単純に字がうまくなるだけではなく、書道を気分転換のツールとして提供したら、仕事として成り立つかもしれないな…と思ったのは確かです。
でも、書道は身近にはありましたけど、「ずっと前から仕事にしたかった!」というわけでもなくて。できなくて悔しいから続けてきた結果、こうなっている感じです。
世の中の基準だと、私は書道が好きで得意な人ってことになるんでしょうけど、でも無条件に「大好きです!」ってにこにこして言えるかっていうと…まあまあしんどいこともあるし、なんか厄介なことに首突っ込んだなあ…って自分でもちょっと思います(笑)。
40歳で自分の道を選ぶということ
―会社を辞める決断をしたのってちょうど40歳ぐらいですよね。「もう若くないんだから」とか「就職・転職が厳しくなるよ」とか言われる年齢ですし、女性の場合は身体的なタイムリミットもある。そのタイミングでこの決断って、不安はなかったですか?
それ以上に仕事が嫌だったというのと、あと「どこにいても不安ってつきまとうんだろうな」って。会社にいたところでずっと安心とも限らないしなぁ…と、よくわからない腹の括りはありました。会社に残っていても、お金は満足かもしれないけど、それ以外のところはわからないじゃないですか。
一般的には40代って、子どもを産んでいるとか、ある程度落ち着いてきてそろそろ社会に還元したい…と思うのかもしれませんが、私はもう、自分が幼いのかもわかりませんけど、「すみません、まず自分のことやらせてもらっていいですか?」みたいな感じだったんですよね、40から。
―「やりたいことやらせてください!」っていう。
そう。本当は40でそれって遅いのかもしれないけど、仕方ないですよね。「今だ!」という感じでした。何かが弾けたというか、「もう無理です!」って感じでしたね。
―じゃあ、誰かに相談したでもなく、何かに押されたでもなく、自分の内側から出てくるものでばーん!と行った感じですね。
あ、ほんとそうですね。ぜんぜん相談していない(笑)。昔からあんまり人に相談しないで、自分でサクサク決めちゃうタイプなんです。
その頃、たまたま、ほぼ同世代ぐらいで自分の好きなことで食べている人にお会いする機会がありましたし、あと仕事でお世話になった40代の方が亡くなったりもしました。人生いつ終わるかわからないなあって。でも、それがきっかけというわけではないかな。
―たった1週間でわーっと決めてしまって、後から不安になりませんでした?
まったく平気というわけではなかったですが、考えることが遅くて、「あ、起業するってことかぁ!」みたいな、そこからでした(笑)。学校で培われるのはあくまで技術や知識なので、どういう人たちがどういうやり方で教室をやっているのかリサーチしたり、専門学校に入ってから並行して準備していました。
そこでじっくり考える期間があったのは大きかったですね。仕事も辞めて退路を断ったからには、どう始めるかをちゃんと考えないといけないな、と。手探りでしたけど。
※2018.9.10追記:目時さんご本人のブログに、決断までの1週間に何をしていたのか、詳しく掘り下げた記事がアップされました。ここまで思い出せるのすごい。ぜひ参考に。
毎日白目!?創作を仕事にすることの苦労
※「和」の旧字体だそうです。このように、へんとつくりが今と逆になるパターンがあるとのこと。
―2016年に「書工房しら珠」を開業されて、レッスンもされていますが、創作にも力を入れていらっしゃいますよね。創作はもともとやりたかったんですか?
前々からやりたいと思っていました。とはいえ、創作だけだと、自分の中の引き出しがなくなってしまうと思っているので、教えることも創作も、どっちもやりたいなと当初から考えていましたね。
当たり前ですけど、創作で食べていこうと思ったら、自分の創作欲を満たすだけではなく、需要と供給も満たすものとはどんなものか?というところを考えないといけないわけで。白目になりながらやっています(笑)。
―作品のアイデアって、どこからもらうことが多いですか?
最近は、書道以外のものを見る機会を増やしていますね。絵とか写真とか。現代アートの勉強をしているのですが、美術系、アート系の知識があまりにないことに愕然としていて。「うわ、本当に私何も知らない!」と思ったので、美術的なものを見ることが増えました。
―ご自身の作品を通して伝えようとしていることって何かありますか?
白黒だったり陰陽だったり、対になるものを題材にしていることが多いかもしれません。
SNSなどを見ていると、白黒バッサリしすぎた意見が多くて、それにちょっと辟易している部分もありつつ、でも「多様性を認めようよ」というのも、ぼやけすぎている気がして。白ければいいってものでもないし、黒ければいいってものでもないし…みたいなことを思っているんでしょうね。だから1枚の紙に両方置くことが多いかな。
―白と黒を混ぜてグレー、ではないんですよね。
そうなんですよ、ちょっと違っていて。かといって2つをぶつけるでもないし、喧嘩させるでもないんですけど。
私自身、誰かと喧嘩するのも意見を戦わせるのも苦手だし、人が争っているのを見るのも本当に苦手なんですよ。そんなことしなくても何かあるんじゃないか、と常に思ってはいるんです。でも、だからこそ作品も何か弾けきれないものがあるんじゃないか?って。自分の性格を掘り下げていくと、ぶつけることもやらないといけないかしら、って思ったりもしますね。
―創作活動って、やればやるほど自分をえぐるというか、掘り返しますよね(笑)。
だから正直、毎日「はぁぁぁ…」ってなってます(笑)。筆を持ったまま「うーん…」って何時間も止まることもありますし、書くどころではないまま終わることもあります。これもムダではないと信じていないとやっていけないですね。決して明るいものではないです(笑)。
「書工房しら珠=整体」説
―書道を教える仕事は、外部でもやっていらっしゃいますよね。
今は恵比寿の自分の教室と、それ以外に書道のはな*みちの講師、あと学童3ヵ所と、放課後等デイサービスにも行っています。
子どもの場合は、まず筆に慣れるところからです。あとは、集中力がなかなか持たないので、子どもたちが楽しいと思うような要素を入れていますね。全部の学童でやっているわけではないんですけど、規定の課題をやった後に、自由に書く時間を取ることもあります。
私からすると、子どもの書いたものは本当に創作の勉強になるんですよ。やっぱり大人は、今まで学んできたことがこびりついているから、子どもが自由に書いたときの自由さには感動しますね。すごく勉強になるのと、うらやましいのと、ちょっと嫉妬、みたいな(笑)。
とはいえ、決められた通りに書くことを学ぶのも大事だと思っているので、どちらも子どもの特性に合わせてうまく伸ばしたいですね。
―大人の教室でも創作を取り入れているんですよね。
入れています。デザイン系のお仕事の方とか、きちんと書くことに関してはキャリアがある方で創作を学びたい方なんかが、今はいらしているかな。「文字をどうデザインするか」「文字をどうやって変換・展開していくか」というような、創作の過程の話をしながら進めることが多いです。
※さまざまな漢字のさまざまな字体が収録された書道字典。
書きたい字を聞いて、こういうふうに書道字典で調べてもらって、好きな字の形を探してもらうのと、あとはシチュエーションというか…例えば「風」を書くにしても、突風もそよ風もあるじゃないですか。同じ「風」でもどういう風なのか、イメージをふくらませながら書いてもらう感じですね。
―五感を使いますね。
そうなんです。書くというよりは、五感に敏感になるトレーニングですね。
―書道を習う人って減っているのでは?と思うことがあります。子どもは塾通いに忙しく、大人はPCがあるから手書きをしなくなっている。そんな中で、敢えて書道を習う意味って何だと思いますか?
敢えて書道を習う意味か…何だろうな…。
「PCがあるから別に書道がなくてもいいじゃん」って思う人もいるだろうし、実際なくても生きていけると思うんですよ。昔は「字は人なり」と言いましたし、今もそうだと思っているんですけど、それがすべてではないとも思っていて。
1つのことを継続することで、小さな積み重ねや達成感を得てもらうというのもありますが、やっぱり私が教えるのであれば、単純に字がうまくなることよりも、リフレッシュや気分転換の場を提供する役割かなぁ、という気はしています。「とりあえず身体だけ運んできてくれれば、何とかいい形にして返すから!」っていう。うち、整体じゃないんですけど(笑)、そういう感覚に近いこともあります。
生徒さんの人数が少ない日なんかは、ちょっと悩み相談みたいになったりすることがあるんですね。比較的アットホームな感じでやっているので、墨をする10~15分の間とか休憩の間にちょっと話をして。それで元気になって帰る方もいらっしゃるんです。
―まさに字を書くことを超えたものですね。
本当にそこですね。字を書くこと以外のほうが、私のレッスンは多いかもしれない(笑)。
どうせなら、死ぬ前に実現したい夢
―目時さんがこれから実現したいことってありますか?
やっぱり、今取り組んでいるジャンルで認められる作品が書けるようになりたいですね。
認められ方っていろいろあって、ギャラリーの所属になるのもすごく理想的な形だなとは思うんですけど、そういう枠とは別に、書道だけでなくアート全体ですけど、もっと身近なものにしたいなあっていう気持ちもあります。家に気軽に置けるような作品に、いろんな人が興味持ってくれたら有り難いなあって。
※「天行健」(易経にある文章の一部。天体が規則正しく動き、休みなく時を刻んでいるように、この天体の運行を模範として、常に努力をし続けるべし)
―生きてるうちに美術館に所蔵されたい!っておっしゃっていましたね。
死んでから有名になって身内が喜ぶっていうのもいいですけど、生きてるうちにそれができるといいなって。できれば自分で見たいですよね。
―美術館、飾られるのはどこが良いですか?
海外ですかね…。ニューヨークのMoMA(ニューヨーク近代美術館)に行ったときに、こういうところに書道があったらなあ…って思ったんです。
そのためにはもう…ただただ、書くだけです(笑)。書道を仕事にする前、グループ展に出して「わーい、楽しい!」って思っていたのと、今は心持ちがまったく違いますね。
自己満足ではなく、誰かに認められてこそ
―最後にお伺いしたいのですが、目時さんにとっての「幸せ」って何ですか?
「自分の中にある何かを発散できる」というのが前提ですが、私、承認欲求がすごく強いと思うんです。だから、創作であれば、作品が認められるのが一番嬉しいし、レッスンしているときは、毎回それなりの達成感を得ていることを、実際に言葉や表情で示してもらえるのがすごく嬉しい。「人様の役に立ったな」っていうのをそこで感じます。
―今、「承認欲求」という言葉が聞けたのが面白いなぁと。嫌がられるじゃないですか、承認欲求って。自分のことばかり考えてないで、他人のためだろ…とか。そうなんですけど、承認欲求がない人はいないはずで。
そうなんですよ、ない人はいないと思うんですよ、私も。他人のためっていうのも、自分に返ってくることを考えたら自分のためなんですよね。「相手が喜んでいるので私も嬉しい」っていう、その「嬉しい」が欲しいんです。
承認欲求ばかり肥大するとさすがにどうかと思いますけど、「書いていて良かった」と実感するポイントって、結局はそこじゃないかなと思うんですよね。そうじゃないと…なんて言うんだろうな…自分で書いたものを自分ひとりで「よしっ」て終わらせると、ただの自己満足にしかならない。
自分が良いと思っているだけだと満足できないと思います。大衆的に多くの人に見られるのであっても、著名なコレクターの人が1人買ってくれるのであっても、認められていることが前提じゃないですか。一番嬉しいのはたぶんそこですね。ちゃんと自分を発散できているか、自分も周りの人も満たしているか、常に見直しながら書いている感じです。
★目時白珠さんの「私、これが好き!」
※好みが見えると人が見える…!?取材させていただいた方に、好きなものやオススメのものを伺っていこうと思います!
SaToMansion
岩手県二戸市出身、日本で唯一、実の四兄弟ロックバンド
『実は地元が一緒。2年前、地元に帰る用事があったときに、たまたまインストアライブを見ました。私は昔からロックが大好きなので、彼らの音楽は好みにぴったり。似たような風景を見て育ったはずなのに、彼らの叙情的な歌詞を見ると、「彼らの目には何が見えてたんだろう…私の目は節穴かっ!」と才能と感受性の豊かさに愕然とします。
私は地元から逃げたい一心で上京したのですが、SaToMansionは音楽で道を切り拓き、東京でさらに花を咲かせようとしている。その一貫した姿勢にシビれています。彼らが東京で活躍していることが励みになっていますし、ライブを見るたびに「私も頑張ろう」と思いますね』
※目時さんはこのたび、SaToMansionのグッズの文字を揮毫なさったのだそう。好きなバンドと仕事ができるなんて…最高すぎます!
★おしらせ
◎目時さんのWebサイト/ブログはこちら。
恵比寿にて書道教室を開講中。筆文字でのロゴや作品もオーダーできます。
◎2018年10月に原宿で個展があります!
目時 白珠 3rd exhibition 「メトキヤ」
会期:2018年10月26日(金)~29日(月)
時間:11:00~20:00(初日は13:00~/最終日は18:00まで)
会場:DESIGN FESTA GALLERY WEST 1-C
(JR原宿駅より徒歩9分/東京メトロ明治神宮前駅より徒歩5分)
※詳細はこちら。
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