星野源「Family Song」の懐の深さが本当にすごい

レビュー記事を書いたりライブ遠征したりしたおかげで、私の星野源ファンぶりがだいぶ世に知れてきた今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

 

そんな星野源ファンの私がぶち込む本日のネタは、先週発売された新曲「Family Song」でございます。

 

 

いくらファンだとはいえ、良いと思わなければ記事まで書かないんですけど(他にもいくらでも書くことあるし)、やっぱり星野源すごい…と思ってしまったので、書くことにします、新曲の話。

なお、私はあくまで言葉の人なので、歌詞の話をします。音楽のことはよくわからないので。よろしければお付き合いくださいませ。

 

 

多様な家族観を包み込む歌詞に注目

「Family Song」は文字通り家族の歌なのだけど、本人の解説を聴けば聴くほど、本当によく考えられているというか、歌詞の世界、すごいなあと。

 

歌詞を知らない方はまずこちらをどうぞ

 

で、以下は本人の解説ですね。

星野源が『オールナイトニッポン』で語った“Family Song”MVの解説を掲載!

 

ラジオでしゃべっていたことの書き起こしです。私はリアルタイムで聴いていたんだけど、そうだよなあと思ったのが↓

この曲っていうのは今までの家族像を歌っているわけではなくて、これからの家族像を歌いたいなっと思って作った曲なんです。例えば両親が医学的な性別では男性同士だったり、その両親のもとに子供がいるっていう家庭だったり、それがどんどん増えていく。それが日本でも増えていくと思うんですね。これからの普通の家族の風景になっていくんじゃないのかなと。

 

で、その性別とか関係ない感じがこのMV。それにしても女装が妙に似合うのはどういうことなのか。動きは思いっきり男性なんだけども。

 

 

そして、このあたりの話も↓

一緒に暮らしてるペットも家族だし、友達とか仕事仲間っていうのもファミリーっていう言い方するし、だから血がつながっていなくても家族って思っていいんじゃないかとか、相手をほんとに幸せであれと思う気持ちとか、無事であってくれって思う気持ちがあれば家族なのではないのかと。もっと言うと、血がつながっていても家族って思わなくてもいいんじゃないのかなと。その中に愛情というものがあればそれでいいんじゃないのかなっていうことを歌いたいなと思って楽曲を作りました。

 

星野さん、別のところで「家族の歌って素敵だけど、家族のいない人はどう聴けばいいんだろう?」みたいなことを話しています。だから、あぶれてしまう人がいない曲にしたかった、といったような話だったと思う。

個人的には、「血がつながっていても家族って思わなくてもいいんじゃないのかな」ってところが特に印象的でした。これってなかなか言えないことだと思うんだけど、救われた人もけっこういたんじゃないだろうか。

 

私は、仕事のみならず、仕事以外でも聞き役が多いもので、いろんな人のいろんな生い立ちや過去の話を聴いてきました。で、家族との関係に問題を抱えた人って驚くほど多いし、LGBTの話を打ち明けられたことも一度や二度じゃないです。

家族はこれからますます多様化していくだろうけど、実はもう既に思った以上に多様なんですよね。家族=幸せ、みたいな図式は必ず成り立つものじゃないし、家族=血縁、というのも違います。そもそも夫婦だって他人だから。

だから、「Family Song」で歌われている価値観ってすごくリアルでしっくり来るし、ものすごく共感するのです。血縁とかを超えて(血縁関係でもいいんだけど)、幸せを祈りたくなる存在が家族なんじゃないのか、っていう考え方に。

 

その後、別のラジオでも雑誌でも、このへんの話は一貫して語っていたので、ファンとしてはすっかり聞き慣れていたのだけど、いわゆるゴールデンタイムにさらりとぶち込んだことが話題になったようで…。

 

星野源「同性同士の家族、どんどん増えていく」 新曲に込めた家族観、Mステでさらっと語る

 

世界的な流れとしてそうなっていくだろうと個人的にも思うんだけど、たしかに午後8時のお茶の間に向けて普通にこういう発言する人は珍しいのかもしれないね、今の日本だと。海外のミュージシャンならまだしも。

 

 

みんなを包み込む言葉を紡ぐって、難しい

でね、こういう多様性に考えを巡らせるところまではまだしも、それを実際に歌詞として、ちゃんと言語化できちゃってるのが本当にすごいなと思うのです。

 

一応それなりの量の文章を書いてきた身としていつも思うんですが、多くの人に届けようと思えば思うほど、言葉の使い方ってものすごく気を遣うんですよ。

あくまで私基準になっちゃうので、私が下手くそなだけかもしれないんだけど、本っ当に大変なの、みんなに届く言葉を書くのって。安易に書くと「私たちはどうなっちゃうの?」っていう人が必ず出ちゃうからです。

いろんな人のことを想定して、丁寧に書いていかないと、どうしても仲間外れが出やすくなってしまう。それを星野さん見事にやっちゃってるのが本当にすごいよなあ、と。

 

歌詞の話と違うかもしれないけど、文章を書くときって「誰に向けて書くのかはっきりさせてから書きなさい」ってよく言うんですよね。そのほうが圧倒的に書きやすいし、読者を絞り込むことで背景を共有できるから簡単なんです。

歌詞の場合、基本的にはみんな多くの人に伝わるようなことを書くんだと思うんだけど、そのためには、誰にでもわかる情景や感情を丁寧に探し出して言葉に落としこんでいかないと、結局あぶれる人が出てしまうし、言葉も弱る。

 

星野さんの脳みそで考えるとどうなのかわかりませんが、私の脳みそレベルで捉えると、相当難しいことをやっちゃってる感じがするんですよ、とにかく。(本当に星野源という人の頭の中はどうなってるんだろう?っていつも思う)

 

 

もちろん、私はどうしてもファン寄りの情報ばかり見てしまっているし、Family Songに反発している人もいるかもしれない。でも、少なくとも普通の家族の歌よりは、はるかに多くの人を共感させている可能性が高い。

特に、家族っていうプライベートで下手すると繊細な話題を、これだけ懐の深い愛の歌に仕上げるって、いったいどうやったらできるんですか?ちょっと星野さん?どういうこと?っていう話です。私に言わせると。

 

というわけで結局、

 

くそぅ、星野源…

 

というところにたどり着いてしまうのは、以前書いたエッセイ集の感想と同じです↓

【いのちの車窓から】私が星野源の文章に嫉妬してしまう理由。

 

音楽には縁がないので何とも思わないんだけど、言葉の選び方とか文章の書き方とか、その根底にある考え方とかには、どうしても意識が向いてしまうのだよね…。くっ。

春からまったく変わらず、私は身の程知らずのままであります。

 

 

多くの人に伝わる言葉のつくりかた

そんなことを思っていたら、タイムリーにあの吉本ばななさんの言葉が流れてきまして。

 

 

自分だけのことを深く掘り下げていく。みんなに共通する根っこまで。掘り下げるっていうのは、たくさん考え、描くこと。

星野さんも、それをちゃんとやっているってことなのでしょうね。雑誌のインタビューなんか読んでいると、言葉も音楽も、相当量の思考を重ねた形跡が見えるから。

いやはや、まだまだ修行が足りないってことですな、私は…。

 

11月の京都の個展では、言葉にかかわるものもちょっと出したいと思っているので、うまいこと血肉に変えてやろうと思います(気合いだけは一丁前)。
※9月に入ったら個展の案内ページ立ち上げるつもりです。

 

で、「Family Song」なんですが、CDが売れない時代に、1週間足らずで20万枚?ぐらい売れたとか。「Family Song」だけじゃなくカップリングもすごく良いので、ぜひ。あたたかい気持ちになれますように。

なお、2曲目の「肌」はビオレUのCMソング、3曲目の「プリン」はもういろいろふざけててヤバいとしか言えない(笑)。4曲目の「KIDS」は星野源的におなじみの宅録の曲で、今個人的に中毒になってずっと聴いてます。

 

なお、星野さんのCD、初回限定盤に付いているDVDが面白いうえにオトク感がものすごいので、間に合うならそちらをおすすめします(まだDVD見てないんだけど相当面白いようですw)。