テレビを持っていなくて、ドラマを見ることのない私でも、さすがに、「逃げるは恥だが役に立つ」の大人気ぶりはもちろんのこと、それに伴う(ってことでいいのよね)星野源さんのブレイクぶりも知っておりました。
今まで名前しか知らなかったのです、星野源さん。俳優でミュージシャンで文筆家だって。なんだその引き出しの多さ。面白そうでずるいじゃないか。
面白そうだと思ったら、私はご本人の言葉が知りたいな、と思うわけです。
というわけで、ラジオ「星野源のオールナイトニッポン」に何度か耳を傾け、本(最新刊かな)を1冊買って読み終えたところです。
星野源『蘇える変態』を読んだ。
コンサルでお客様に熱弁ふるってしまうほど良かったのです。
(ただの雑談じゃなくて、ちゃんとお悩み解消の事例として出したんだよ!)
本を読む前にラジオを数回聴いていたのだけど、初めて聴いたときに、むやみに線を引かない人なのだなあって思ったんですよね。話の振れ幅がすごく広いんです。真面目な話からどうしようもない下ネタまで。
これができるのって実はすごいことで、ジャッジする癖がある人にはできないはずです。
いちいち「アレは良い、コレはダメ」って判断する人は、どうしても許容範囲が狭くなる。話のネタも狭くなるし、相手の話を受け止める度量みたいなものも狭くなりがちです。
で、『蘇える変態』を読んでみたら、こちらも、真面目な話の合間に下ネタが多数ちりばめられていたのですが(笑)、あとがきにこう書いてありました。
下品な話ばかりしたいわけではありません。
下品な話の方が本質的さ、と訴えるつもりもありません。
あまり自分の中に「話の種類」の垣根がないだけなんだと思います。
「話の種類」の垣根がない。
『感動の逸話も、セックスの面白体験談も、どちらも平等に興味があり、自分にそのエピソードがあれば書きたいことです』と続いていました。ああ、なるほど。
本のほうも話の幅がとにかく広いのです。下ネタも満載でありつつ、心に刺さるような言葉もたくさんある。
それは、そこに垣根をつくっていないからなんだ。自分からわいてきたものを等しく書いただけ。
この「開いた」感じが魅力的なのかもしれない。こじれてる人は閉じてるんだよね。
物事に色づけや線引きをしているのは自分だ。
ポジティブとかネガティブとか、正しいとか間違ってるとか、上品とか下品とか、こんなこと言ったら恥ずかしいかもとか、嫌われちゃうかなとか、くだらないよなとか、世間一般としてそういう判断基準があるのは事実で、マナーとして必要なときもあるんだけど。
自分から出てきた感情や、自分の価値観や、自分の感じたことに、色をつけて線を引くのは自分。
自分から出てきたものに変わりないのに、どうして扱いが変わるのだろうね、考えてみたら。「こんなこと考えてる自分は変かも」とか、「こんなネガティブではいけない」とか。ほんとか?自分の感じたことにいちいち線を引いて垣根をつくってしまう必要は本当にあるんだろうか?
自分の好きなことに素直でいること。
自分の興味のあることに素直に興味を持ち続けること。
自分の感じたことを素直に感じきること。
私たち、こういうことを意外とできていなくて、難しく感じちゃうこともあるのだけど、素直にやってしまえるだけで、心もラクになるだろうし、人生楽しくなるんじゃないかと思っていて、最近の私の目標は完全にここに置かれています(笑)。垣根のない自分として素直に生きる。
どこまで開いた自分でいられるんだろうか?このあたりを極めたいのが今の気分です。
それでも周りの目が気になったり、勇気が出なかったり…ってことはあると思うのです。
そんなあなたには、あとがきの最後に書いてあった一言を送ります。
人はみな、変態だと思います。
これは私も完全同意していまして(笑)、首をぶんぶん振って頷いてしまったぜ。
みんなどうせ変態なんだから、少々のこと隠したってどうせ変態なんだよ!諦めろ(笑)!
…そんなわけで『蘇える変態』、下ネタ多めにつき、苦手な人にはかなりオススメできませんが(笑)、つい自信を失いがちな人は特に、だまされたと思って読んでみてくださいな。
この記事には、あとがきからしか引用しませんでしたけど、良い言葉いっぱい入ってるの。
他にも「人見知りだと思うことをやめた話」とか「自信の持ち方」とか、彼の名前で検索すると相当いろんなネット記事が落ちてます。
※「人見知りだと思うことをやめた話」は、2017年の最新刊『いのちの車窓から』に入りましたね。
星野源さん、個人的に当面このままチェック継続予定。
引き出しが多くて、しかも奥行のある人は魅力的だ。ソウイウヒトニワタシモナリタイ。