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雑食系フリーランス 及川智恵/世界には、人の数だけ「面白い」が溢れている。

ひとりごとコラム

太陽になれるはずのない月が、それでも太陽に憧れ続ける不毛な話

投稿日:2017年5月14日 更新日:

 

「私は嫌われている」

子供の頃から、何かと嫌われた思い出ばかりがいっぱい残っている。

 

幼稚園に行くバスの中で、親しいと思っていた子に「いつもいつも隣に座らないでよ」と睨まれた。

お友達と遊ぶ輪の中で、ちょっと話しかけただけでバカにされたように笑われた。

クラスメイトの家に遊びにいったのに、なぜか私だけ仲間に入れてもらえなくて、何も言わずに勝手に帰ってきた。

 

露骨にいじめられた記憶こそないけど、今思うとこの手の経験って珍しくないような気もするけど、とにかく私の中では、「自分は嫌われている」というところばかりが、しみのように残っている。

 

人気者に憧れていた。

 

放っておいても人が集まってくるような、太陽のような中心的存在というのがクラスには必ずいるもので、そういう人になりたかった。

そうなりたいと思って自分なりに振る舞ってみたけど、反感を買ったりうざがられたりすることはあっても、受け入れてもらえることは少なかった。

 

そんな私は、自分よりもおとなしそうな子たちに声をかけて、なんとなく自分の周りに人がたくさんいる雰囲気だけを味わっていた。

これは純粋に、私自身が人見知りぎみで、パワフルな子たちに声をかけづらかったというのもあるし、そういう子たちなら私なんかでも相手にしてくれるのではないか?という見下した気持ちもあったように思う。

人気者は私に注目しなくても友達がたくさんいるけど、友達のいない子なら私の存在でもありがたがってくれるんじゃないか、というような。今思うとたいそう酷い考えだけど、仲間外れを作らないので先生にはずいぶん褒められた。

 

私の記憶の中では「好かれなかった」なのだけど、今思えば明らかに自分の側にも問題があった。

あの頃の自分はいろいろと歪んでいたし、「嫌われている」と思いすぎて、「好かれたい」と思いすぎて、「理想通りの人間でいなくちゃ」と思いすぎて、行動があちこちおかしくなっていたのだと思う。

 

それに、そもそも地球や月や水星や海王星は太陽になれない。

 

 

 

「私は嫌われる」

「ファン作り」という言葉が、ときどき苦しい。

個人事業主のコンサルをしている立場上、「ファンを増やす」という言葉をお客様によく言う。私のお客様は、ちょっと動けばするするファンを集められてしまう人も多いので、おかげさまで私は「できるコンサル」みたいな気分になれる。

 

そして私も個人事業主なので、ファンが増えてくれたら嬉しいのだけど、一定数のファンがいてくださっている自覚は一応あるのだけど、それより何より顔を出すのは、こびりついて身体の一部になってしまった「私は嫌われる」だ。

 

嫌われる人間に、ファンをたくさん集めることなどできようか。

 

なぜか「ちえさんはファンがいっぱいいそう」とか「マス向けに発信したらいい」とか言われるのだけど、私は少数の人をガンガン照らすことばかりやってきたし、少数の人にマニアックな好かれ方をするほうかなと思ってきた。

まして、子どもの頃から太陽になりたかったけどなれなかったのだ。私は完全に月だ。誰かの光を借りないと輝けない。闇を静かに照らすことしかできない。

 

そうなると、私に必要なのは大量のファンというよりも(いやファンもいてほしいのだけど)、光を貸してくれる誰かの存在だ。数は少なくてもいい。大事なのは光の強さということになる。

深くて狭い人間関係のほうがラクだと感じる私には、正直言ってこのほうがしっくり来る。ビジネスには量も必要なのでそこから逃げる気はないけど、量より質で攻めるほうが向いている体質ではある。

 

誰かに照らされる二番手の存在でいたい。太陽が沈んだ後の暗闇を担当する、影の実力者でありたい。はっきり目立たなくても構わないけど、「あの人誰?」って噂が噂を呼ぶ存在になりたい。

 

欲だけはちゃっかりあるのがめんどくさいね。

 

 

「嫌われる」は「好かれたい」

ただし…というか、そんなわけで…というか、私はそれなりにわがままだ。

誰かの光を浴びるだけでは納得がいかなくなってしまう。私の好きなときに輝かせてくれ、という気持ちにすぐなってしまう。

 

黒幕的に誰かの影で仕事をすることと、自分の好き放題に何かを創り上げられること。両方がしっかりした形で揃っていないと私という人間はうまく循環しないらしい、ということに気づいたのは、つい最近のことだ。

今年は「やりたいことは全部やってやる」と決めていて、なんてタフな決意をしてしまったんだろうと思う日もあるのだけど、それが自分が元気でいるための最善策なんだなあ、とも同時に思う。

 

いつも全力だよね、と親しい人からよく言われる。

 

外に見えない部分が人の何倍も手抜きなだけだと思うけど、まあたしかに、私に全力でかかわられたら重たい相手もたくさんいるだろうなあ、と想像はつくし、私もつい全力になりたくなるので、大勢を相手にしてはこちらも身が持たない。

逆に、全力でかかわりすぎてしまって、相手の宙ぶらりんな感じとか誠意のない感じに、あっさりと幻滅してしまうことも多い。ちょうどいい距離感というのがいまだにわからなくてよく困る。

 

でも、書いたり撮ったりする分には、いくら全力でやっても作品が増えるだけで済む。直接の人間関係でもないから、クッション的に気楽に受け取ってもらうこともできる。そもそも自分のエネルギー発散としても機能する。

自分が発したものの断片を好きになってもらえるなら、それはとても嬉しいことだ。月のような自分でも、太陽的な気持ちをちょっと味わえるような気がする。まあ、言葉や写真が私を輝かせてくれる、とも言えるけど。

 

 

「嫌われる」が延々とこびりついて気になってしまうのは、やっぱり「好かれたい」からに他ならない。結局私は好かれていたい。

 

でも、気にしたところで急激に好かれるようなこともないだろうし、大勢に好かれることが必ずしも素晴らしくて満たされることなのかどうか、正直言ってもうよくわからない。

人が恋しいと思いながらも、カフェでぼーっと人間観察をしながらも、ひとりでどっぷり物書きをしている時間がとんでもなく幸せだったりするのが私で、そんな中突然「ああ、やっぱり好かれたい」などと欲を出すのも私だ。

 

これ以上ぐるぐると悩むつもりはない。欲に正直でいようと思う。正直でいれば拗れないから。

 

 

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