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人間観察日記

【人間観察日記・12】笑わなくても、あなたは素敵よ

投稿日:2017年9月14日 更新日:

笑っても笑わなくても、あなたはやっぱりあなたで。

 

 

 

Vol. 12 笑わなくても、あなたは素敵よ

メガネの掛け心地が悪い。

メガネは何本も持っているが、気に入っているベージュのメガネだ。頻繁にかけるので、これの掛け心地が悪いのは困る。

 

机に置いてみたら、がたがたに歪んでいるではないか。

確かに私は、メガネをかけたまま寝落ちしたり、電車で居眠りしていて手すりに激突してしまったり、日頃からメガネには大変申し訳ない行為を大量に繰り返してしまっている。

この状態は明らかに良くない。仕事帰りに、メガネ屋に立ち寄って直してもらうことにした。

 

店内に入り、陳列されているメガネをひととおり眺めた後、店員さんを探す。レジカウンターの内側にいた女性のスタッフに、すみません、と声をかけた。

他のスタッフと真剣な顔で話していた彼女は、まったく表情を変えずに、真顔のままこちらを見た。

紺色のギンガムチェックのシャツにジーンズ。そして、メガネ屋の店員らしく、淡い色のメガネ。ショートカットのさっぱりとした印象の女性だ。小柄で若く見えるが、実際のところは30代前半ぐらいだろうか。

 

「メガネが歪んでしまっているようなので、直してほしいのですが」

私はそう伝えて、彼女にメガネを手渡した。

 

彼女は引き続き表情を変えずに、私のメガネを「うーん…」と言いながらじっと見た後、私の顔をちらっと見て言った。

「鼻のところも痛そうですね、鼻当ても交換しますので」

 

ああ、そう言われてみれば。

たしかにこのメガネをかけていると、いつも鼻当てが強く当たって肌が真っ赤になるんだった。1日中メガネなので仕方ないと思って諦めていたのだけど。

 

「5分から10分ぐらいかな、あちらに座ってお待ちください」

彼女に促されるまま、私は案内された椅子に腰かけた。歪みを直して鼻当ても交換するため、少し時間がかかるということらしい。

メガネを外しているから、視力は0.1を大きく割り込んでいる。歩き回るのも怖いので、おとなしく座って待つ。

 

それにしても。

彼女、表情が一度も変わっていない。

 

接客業でありながら、にこりともしない。良く言えば真剣な顔つき。悪く言えば、はっきり言って「感じが悪い」と受け取られてしまうレベルだ。

変な人に声かけちゃったかな。

一瞬そう思ったのだが、でも笑顔がないだけで、そんなに悪い人のようには思えなかった。

 

「笑う」って、簡単なようでいて難しい。

 

自然に笑顔になれる人はとても素敵だけど、笑うことだって、れっきとした1つの動作だ。歩いたり、読んだり、料理したりするのと同じで。

接客業の場合、何かしらの「仕事をする」という動作と「笑う」という動作は、当たり前のように2つセットになっている。でも、もともとは2つの別個の動作で、それを同時にこなしているすごい人たちが接客上手な人たちだ。

仕事の内容が難しければ難しいほど、「笑う」動作のほうに力を割く余裕がなくなっていって、笑顔は消える。ものすごく難しいタスクをしているときに、自然に笑える人は少ないだろう。

 

接客の基本は笑顔だ。接客に限らず、人と接するときの基本が笑顔だろう。

仏頂面だと、やっぱり不機嫌そうに見えるし、相手に敵意を見せるようで不快感を与えてしまうこともある。大人の世界では、なんとなくマナー違反の香りもする。

 

でも。

 

笑顔じゃないからといって、不機嫌とは限らないし、敵意を持っているとも限らないし、マナーを知らないとも限らないんだよなあ、本当は。

 

今一生懸命私のメガネを直してくれている彼女も、もしかしたら仕事に集中していただけなのかもしれない。私の言わんとすることをつかもうと必死だっただけなのかもしれない。

メガネをどう調整したらいいか、私が話しかけた瞬間から考えていたのかもしれない。考えることに一生懸命すぎて、メガネを完璧に直すことばかりに気を取られて、笑う余裕がなかったのかもしれない。

あるいは、ただ単に人見知りなのかもしれない。メガネが好きだからメガネ屋で働いているだけで、接客は別に好きではないのかもしれない。それかもしかしたら、プライベートで悲しいことがあったのかもしれない。

 

変なバイアスを持つのはやめておこう、と頭の中で決めたところで、突然彼女に話しかけられた。さっきと同じ表情で。

 

「いったん歪みを取って、調整していない状態に戻したんですけど、かけてみていただけますか」

 

言われた通りにメガネをかけてみる。

彼女はメガネに触れながら、メガネと私の顔との接点を探る。そして何も言わずに、メガネを私の顔から外し、作業に戻っていった。

 

なんか職人さんみたいな人だなあ。

メガネにすべての感覚を集中させているかのような真剣さ。笑う余裕なんてどこにもないのかもしれないね、冗談抜きで。

とにかく、真摯に対応してくれていることはとてもよくわかった。彼女の仕事に期待しながら、さらにしばらく待つ。

 

もう2、3分待ったところで、彼女がさっきと同じ顔で戻ってきた。

「鼻のところも、耳のところも、調整しましたので」

 

早速、手渡されたメガネをかけてみる。

ほぼ完璧と言って差し支えないほど、私の顔にぴったりだ。

20年以上メガネをかけているけれど、ここまでちょうど良く調整してくれた人って、あまり記憶にない。

 

はい、これで大丈夫そうです、と伝えようかと思ったところで、彼女が先に言った。

「これでもう、落ちたり痛くなったりすることはないかと思いますので」

あ、もう最初から自信があるわけだ、いちいち聞かなくても。たしかにその通りだと思います、はい。

 

そして彼女は、ここで初めて笑ってくれた。

 

心の中の達成感とか充実感がそのまま放たれたような、とても明るくて、大きくて、かわいらしい笑顔だった。

やっぱり、笑顔がなかったのは集中の証だったのだろうか。頭と心を埋め尽くしていた大仕事から、一気に解き放たれたのだろうか。

 

笑顔って、心のゆとりの分量なのだと思う。必ずしも、その人の魅力の分量ではなくて。

 

笑顔が素敵な人は、たしかに魅力的だ。でも、笑っていないときだって、彼女は真剣でやさしくて素敵な人だった。

笑顔ではない表情の向こう側にも、きっと素敵な何かが隠れていることを、私はとりあえず信じて生きていたいなと思う。

 

とはいえ。

 

やっぱりできることなら、彼女には笑っていてほしいかな。四六時中じゃなくても構わないから。

だって、とてもかわいかったんだもの。

 

メガネ、きれいに直してくれてどうもありがとう。私、あなたの笑顔がとても好きよ。

 

 

今日のカフェ情報:星乃珈琲店のスフレパンケーキダブル。

星乃珈琲店といえば、これじゃないでしょうか。分厚いパンケーキ。もうこのビジュアルだけで口の中が幸せになるよね。パンケーキとかホットケーキとか、ほんと存在だけでえらいと思う。

メープルシロップ、はちみつ、黒蜜から選べるようになっています。私はなんとなくメープルシロップがお気に入り。

とはいえ、甘いものがあまり好きではないので、口が少しぱさついてきたタイミングで、少しだけシロップをかけてしっとりさせて食べるのが好きです。

星乃珈琲店のスフレパンケーキダブル、700円。

 

 

-人間観察日記

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